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横浜地方裁判所 平成元年(ワ)2281号 判決

原告

長谷川茂蔵

右訴訟代理人弁護士

鈴木孝夫

保良公晃

被告

株式会社浜商会

右代表者代表取締役

廣瀬紀彦

右訴訟代理人弁護士

大隅乙郎

主文

一  被告は原告に対し、別紙目録(二)1ないし5記載の帳簿、書類を、被告の本店において、営業時間内に限り、原告に閲覧及び謄写させよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、別紙目録(一)1ないし12記載の帳簿、書類(以下本件文書という。)を被告の本店において、営業時間内に限り、原告に閲覧及び謄写させよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は被告の発行済株式総数六万株の一〇分の一以上に当たる二万一六二〇株を有する株主である。

2  原告は被告に対し、昭和六三年七月一二日、同月一九日、同年七月二三日及び同年八月一二日、それぞれ理由を付した書面をもって本件文書の閲覧請求を行ったが、被告は、①被告代表者が終日不在であること、②原告の各閲覧請求が商法二九三条の七第一号に該当することを理由に右各閲覧請求を拒絶した。

3  原告は、以下の事実に関する被告の会計処理を調査するため、本件文書を閲覧謄写する必要がある。

(一) 被告においては、決算期直前になると内容不明の振替伝票が多数作成され、決算に伴い、支出金の項目変更の経理操作をしている疑いがある。

(二) 被告には、倒産会社に対する、受取手形・売掛金等の回収不能な債権を資産として計上している疑いがある。

(三) 被告には、会社の設備工事に関する未払工事代金がいつの間にか未払金に計上されなくなる等の会計処理上の疑問がある。

(四) 被告は、被告が使用する自動車を前被告代表取締役廣瀬三郎(以下廣瀬という。)の義弟が経営する自動車会社からリースしているが、そのリース代金が適正であるか疑問がある。

(五) 被告は、廣瀬個人のゴルフ費用及び御中元・御歳暮等の贈答品の代金を、会社の交際費・広告宣伝費等の名目で支出している疑いがある。

(六) 被告は、廣瀬個人の乗用車の燃料費・保険料・公租公課を、会社の経理から支出している疑いがある。

(七) 被告は平成元年初めころから株取引を開始し、多額の損失を出しているが、その明細が不明であり、右株取引が適切、妥当であったか否かに疑問がある。

(八) 廣瀬は、被告の株取引と同時期に並行して株取引を行っているため、廣瀬個人の株取引と被告の株取引の間で資金の融通、利益・損失の不当な配分振分が行われているおそれがある。

4  よって、原告は被告の総発行済株式総数の一〇分の一以上の株式を有する株主として、商法二九三条の六に基づき被告に対し、原告に別紙目録(一)記載の帳簿及び書類を被告本店において営業時間内に限り閲覧及び謄写させることを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の事実は認める。

ただし、原告の持株数は、二万〇四二〇株である。

2  同2の事実は認める。

ただし、本件文書中、法人税確定申告書等(別紙目録(一)2)、契約書綴り(同(一)4)、当座預金照会表(同(一)5)、手形帳・小切手帳の控え(同(一)6の①)、普通預金通帳のすべて(同(一)8)、売掛金に関する請求書控・納品書控・領収証控(同(一)10の②)、経費・固定資産税に関する領収書・請求書全部(同(一)11)、その他右に関連する一切の資料(同(一)12)は、商法二九三条の六に規定する閲覧謄写請求権の対象たる「会計の帳簿及び書類」に当たらない。

3  同3の事実は争う。

本件文書中、請求原因3(一)ないし(八)記載の各閲覧理由と関連性があるものは、同(一)については第二九、三〇期の総勘定元帳のうち「複合」の科目、同(二)については第三〇期の総勘定元帳のうち「貸倒損失」の科目、同(三)については第三〇期の総勘定元帳のうち「雑収入」の科目、同(四)については第二八期以降の総勘定元帳のうち「賃借料」の科目、同(五)については第二五期ないし第三〇期の総勘定元帳のうち「交際費」「広告宣伝費」の項目に限られる。

同(六)ないし(八)は争う。

三  抗弁

原告の本件閲覧謄写請求は、廣瀬の経営上のミスを捜し出して同人を失脚させ、かつ被告に不利な情報を仕入先・得意先に流布し、被告の信用を失墜させることを狙いとするもので、会社の業務の運営及び株主共同の利益を害するためにする請求である。仮にそうではないとしても、右請求は被告に対し原告の株式を買取らせるためのきっかけを作るためにするものであって、株主としての権利の確保又は行使に関し調査をなすためのものではない。したがって、右請求は商法二九三条の七第一号に該当し、許されない。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原告が被告の株式二万一六二〇株を有するか又は二万〇四二〇株を有するかは別として、何れにしても原告が被告の発行済株式総数の一〇分の一以上の株式を有する株主であること、及び請求原因2の事実は、当事者間に争いがない。

二まず、本件文書が、その性質上、商法二九三条の六の「会計ノ帳簿及書類」に該当するか否かについて検討する。

1  原告は、商法二九三条の六の規定に基づき第二五期から第三一期までの決算報告書(別紙目録(一)1)の閲覧謄写を求めるが、決算報告書は商法二八二条の規定に基づく閲覧等請求の対象文書であり、同法二九三条の六所定の「会計ノ帳簿及書類」に該当するものではないから、原告の本訴請求中右部分は理由がない。

2(一) ところで、商法二九三条の六は少数株主の閲覧謄写請求権の対象を「会計ノ帳簿及書類」に限定しているところ、ここでいう「会計ノ帳簿」とは、商法三二条及び企業会計原則に基づけば、通常会計学上の仕訳帳、元帳及び補助簿を意味し、「会計ノ書類」とは、会計帳簿作成に当たり直接の資料となった書類、その他会計帳簿を実質的に補充する書類を意味するものと解するのが相当である。なお、伝票については、これを仕訳帳に代用する場合には「会計ノ帳簿」と同視すべきであるが、それ以外の場合には、会計帳簿作成の資料となった書類として「会計ノ書類」に該当するものと解する。

(二)  これを本件について検討すると、本件文書中、総勘定元帳(別紙目録(一)3)、手形小切手元帳(同(一)6の②)、現金出納帳(同(一)9)、売掛金に関する売上明細補助簿(同(一)10の①)が、商法二九三条の六所定の「会計ノ帳簿」に該当することは明らかである。

また、本件文書中の会計用伝票(同(一)7)について検討すると、本件全証拠によっても、被告が会計処理において伝票を仕訳帳に代用していることを認めることはできないから、本件においては、会計用伝票は「会計ノ書類」に該当するというべきである。

(三)  次に、契約書綴り(別紙目録(一)4)、当座預金照会表(同(一)5)、手形帳・小切手帳の控え(同(一)6の①)、普通預金通帳(同(一)8)のすべて、売掛金に関する請求書控・納品書控・領収証控(同(一)10の②)、経費・固定資産税に関する領収書・請求書(同(一)11)等が「会計ノ書類」に該当するか否かについて検討する。

〈証拠〉によれば、被告の会計処理方法は、①原始伝票を作成して廣瀬の決済を受けた後、一旦これをコンピューターに入力し、②支払期日に買掛金等が最終的に確定した後、右確定金額をもとに修正を加えて仮決算を行ない、③これに基づき総勘定元帳を作成するものであることが認められる。

右事実によれば、被告の会計処理において直接会計帳簿の資料となるのは原始伝票のみであって、それ以外の別紙目録(一)4、5、6の①、8、10の②、11及び12の各書面はあくまで伝票作成のための資料に過ぎないことが推認され、他に右各書面が被告の会計処理において直接会計帳簿作成の資料となることを認めるに足りる証拠はない。

3  また、法人税確定申告書は、会計の帳簿を材料として作成される書類であって、会計の帳簿作成の資料となる余地はない。

4 そうすると、本件文書中、その性格上、商法二九三条の六所定の「会計ノ帳簿及書類」に該当するものは、総勘定元帳、現金出納帳、手形小切手元帳、売掛金に関する売上明細補助簿及び会計用伝票(以下「本件会計書類」という。)のみであり、その余の文書はこれに該当しない。

三次に、本件会計書類のうち、原告主張の閲覧理由と関連性があるものの範囲について検討する。

(一)  請求原因3(一)ないし(三)記載の理由について

右はいずれも被告の帳簿上の処理が明らかにされれば足りる問題であるから、本件会計書類のうち、第二五期以降第三一期までの総勘定元帳を閲覧させれば足り、その余の文書については本件全証拠によっても右各理由との関連性を認めるには足りない。

(二)  請求原因3(四)記載の理由について

次に、原告主張の自動車リース契約に関する疑問との関連性について検討すると、〈証拠〉によれば、被告は廣瀬の義弟が経営するアマミヤ自動車から社用の自動車をリースしていることが認められ、右事実に前記二2(三)において認定した被告の会計処理方法を併せ考えると、被告から右自動車会社に対しリース料金が支払われた際、右金額が被告の現金出納帳又は手形小切手元帳、及び総勘定元帳に計上されることが推定されるから、右リース料金の支払時期及び金額を把握するためには、本件会計書類のうち、第二五期以降第三一期までの現金出納帳、手形小切手元帳及び総勘定元帳を閲覧すれば足り、その余の文書については本件全証拠によっても右理由との関連性を認めるには足りない。

(三)  請求原因3(五)記載の理由について

次に原告は、被告が廣瀬個人のゴルフ費用、御中元・御歳暮等の贈答品を会社の交際費から支出している疑いがある旨主張するが、〈証拠〉によれば、被告の会計処理において、ゴルフの参加者及び費用、御中元御歳暮等の贈答品の送り先、送り主の明細は総勘定元帳の交際費欄及び広告宣伝費欄に記載されず、専ら右欄に対応する会計用伝票中に記載されることが認められ、これによれば、右理由につき被告の会計処理を調査するためには、被告の第二五期以降第三一期までの総勘定元帳に加え、右総勘定元帳の交際費欄及び広告宣伝費欄に対応する会計用伝票を閲覧する必要がある。

(四)  請求原因3(六)について

原告は、廣瀬個人の乗用車の公租公課・燃料費等を被告の経理から支出している疑いがある旨主張するが、前記二2(三)認定の会計処理方法によれば、右につき被告が支出した金額は、被告の総勘定元帳及び現金出納帳または手形小切手元帳に計上されることが推定され、これによれば、右理由につき被告の会計処理を調査するためには、被告の第二五期以降第三一期までの総勘定元帳、現金出納帳及び手形小切手元帳の該当部分を閲覧する必要がある。

(五)  請求原因3(七)について

また、原告は、閲覧理由として、被告の株取引が適切・妥当であったかについては疑問がある旨主張するが、商法二九三条の六の帳簿閲覧請求権の趣旨は、少数株主に対して会社の会計処理ひいては経理状況を調査する権限を与えるところにあり、株取引の当否のような会社の業務執行に係る判断の当否に関する調査は専ら商法二九四条の検査役制度により図られるべきものであるから、右理由を根拠に会計帳簿の閲覧を求めることはできない。

(六)  請求原因3(八)について

次に、原告は、平成元年以降、株取引において、廣瀬個人と被告の資金及び利益・損失を混同している疑いがある旨主張するが、〈証拠〉によれば、被告は証券会社との間で株取引を行う度に総勘定元帳の有価証券科目に右取引の金額、日付、支払先及び株式銘柄を記載しており、右記載の正確性は証券会社に対する照会によって判明することが認められ、これによれば、右閲覧理由と関連性がある会計書類は第三〇期以降の総勘定元帳に限られる。

以上によれば、本件会計書類のうち原告主張の各閲覧理由と関連性を有する文書は、第二五期以降第三一期までの総勘定元帳、現金出納帳、手形小切手元帳及び会計用伝票のうち総勘定元帳の交際費及び広告宣伝費に対応する部分(別紙目録(二)記載の文書)に限られる。

四被告は、原告の本件閲覧謄写請求は、会社の業務の運営及び株主共同の利益を害するためにする請求であり、仮にそうでないとしても、右請求は株主としての権利の確保または行使に関し調査をなすためのものでないから許されない旨主張する。

(一)  〈証拠〉を総合すれば、

(1)  原告、廣瀬及び訴外松本嘉夫(以下松本という。)らは、昭和三五年六月被告を設立し、廣瀬が代表取締役、原告が専務取締役にそれぞれ就任した。

(2)  原告は、被告の設立当初経理を担当していたが、別に本業を有していた関係で昭和五三年ころから勤務形態を非常勤に変更した。昭和五六年ころ松本が退社し、代わりに廣瀬の息子の廣瀬紀彦が入社してからは、原告は次第に廣瀬の経営姿勢に対する批判を強めるに至った。他方、被告は、昭和六一年三月二一日付で、原告がほとんど出社しないことを理由に原告の取締役報酬を、月額金一九万五〇〇〇円から金三万五〇〇〇円に減額した。

(3)  そこで、原告は被告に対し、昭和六三年四月ころから数回にわたり、内容証明郵便により①株券の発行②取締役報酬の差額分の支払③既往の株主総会の招集、議決等の手続上の瑕疵及び存否についての照会④商業帳簿閲覧謄写の各請求を行なったほか、昭和六三年一〇月二二日株券発行の訴を、同年一〇月二七日被告の第二八回定時株主総会につき株主総会決議不存在確認の訴をそれぞれ横浜地方裁判所に提起した。

(4)  これに対し被告は、原告が、平成二年一〇月末の株主総会でも取締役に選任されなかったことを理由に同年一一月以降原告の出社を拒否するに至った。

以上の事実が認められる。

(二)  前記認定事実によれば、原告は昭和五六年ころから被告代表取締役としての廣瀬の経営姿勢に疑問を持ち、現在に至るまで同人に対する批判を繰り返してきたことが認められるが、これらの事実から直ちに、原告の本件帳簿閲覧謄写請求が被告の業務の運営及び株主共同の利益を害する目的に出たとする被告主張の事実を推認することはできず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

また、被告は、原告の本件帳簿閲覧謄写請求が株主としての権利の確保又は行使に関し調査をなすためのものではないと主張するが、〈証拠〉その他本件の全証拠によるも、右主張事実を認めるのに十分ではない。

(三)  したがって、被告の右抗弁は理由がなく、被告は原告に対し、本件文書のうち別紙目録(二)の文書を閲覧及び謄写させる義務がある。

五以上の次第で、原告の本訴請求は、別紙目録(二)の閲覧及び謄写を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官渡辺剛男 裁判官丸地明子 裁判官横田麻子)

別紙目録(一)(二)〈省略〉

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